湯倉神社

湯倉神社

湯倉神社
ゆくらじんじゃ
Yukura-jinja Shrine
湯治の聖地

湯倉神社は函館の市街地東部、温泉地の一角に鎮座しています。幕末の偉人が足繁く通ったと言われています。

予備知識

所在地

北海道函館市湯川町2-28-1
2-28-1 Yukawa-chō, Hakodate city, Hokkaido
  • JR函館駅→車で約15分
  • 函館空港→車で約10分
  • 函館市電『函館駅前』→乗車30分『湯の川』電停下車すぐ

函館空港と五稜郭の間あたり、『湯の川温泉』エリアの一角に鎮座しています。函館駅から市電に乗る場合は終着である『湯の川』電停のすぐ近くです。

祭神・神体

主祭神
スクナビコナ(少彦名命)
Sukunabikona-no-mikoto
オオナムチ(大己貴命)
Ōnamuchi-no-mikoto
ウカノミタマ(倉稲魂命)
Uka-no-mitama-no-mikoto

もともとは薬師如来が祀られていたようです。同じく医薬の神であるスクナビコナ(少彦名命)と習合するケースは全国的に多く見られます。

由緒

元和三年(1617)

もともとは室町時代(15世紀)に、湯の川温泉を発見した1人の木こりが湯治の成功を記念して薬師如来を祀ったことが起源とされています。江戸時代(1717)に松前藩の調査により、その薬師如来は100年前から祀られていたことが確実とされたため、その年を創建年としたようです。

社格

旧村社

近代社格制度で村社に列せられたのは明治時代初期、北海道開拓の最中です。ただ、ここ函館を含む渡島半島南部は江戸時代から松前藩(まつまえはん)の管轄だったり幕府の直轄だったりしています。

湯倉神社の周辺地域

五稜郭

五稜郭(ごりょうかく)は函館を代表する観光地の1つですね。江戸時代末期(1866)に江戸幕府が新政府との戦いに備えて築造した星型の城郭です。

星の中央あたりに箱館奉行所(はこだてぶぎょうしょ)を復元した建物があります。要するに、江戸幕府の函館出張所みたいな建物です。

五稜郭は函館駅から3kmほど北に位置しており、市電でアクセスするのが王道です。

湯の川温泉

五稜郭から3kmほど南西が『湯の川温泉』の温泉地です。別府や城崎のような「ザ・温泉街」ではありませんが、広い範囲に渡って数多くの温泉宿が軒を並べています。

幕末から明治初期(19世紀)にかけては、土方歳三(ひじかたとしぞう)や榎本武揚(えのもとたけあき)もよく訪れていたそうです。

湯の川電停

そんな温泉地の一角に、市電の終着駅である『湯の川』電停があります。湯倉神社はもう目の前です。

湯倉神社境内

参道

市電の『湯の川』電停から幹線道路の斜め向かいが湯倉神社の境内です。参道と呼べるのは鳥居までの十数段の石段くらいです。

神域

参拝した時期がGWだったので、鯉のぼりが掲げられていました。境内の印象は人口10万-20万くらいの都市の一角にありがちな「まあまあ立派な神社」です。しかし、私は北海道の神社を参拝するのはこの時が初めてだったので、素直に感動しました。あと、さすがに観光都市だけあって、外国人参拝客も多く見受けられました。

本殿・拝殿

江戸時代前期(1653)に当時の松前藩主が湯の川での湯治に成功したことから、藩によって社殿が再建された経緯があるようです。現在の本殿は昭和十六年(1941)に造営された流造(ながれづくり)の建造物です。

竹林と白うさぎ

拝殿に向かって右手あたり、神輿殿の隣の小さな竹林に白い砂利で白兎が描かれています。主祭神の1柱であるオオナムチこと大国主に因むものだと思われます。

総括

函館山、函館港エリアと比較してあまり注目されないエリアですが、幕末の偉人も訪れていたかと思うと感慨深いです。函館空港を利用する際には是非、湯倉温泉への参拝と温泉宿へ宿泊してください。

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