土佐神社
Tosa-jinja Shrine
土佐神社は高知市に鎮座する土佐国一宮です。この地域の当主である長宗我部家や山内家より代々、崇敬を受けてきました。
予備知識
所在地
- 高知自動車道『高知』IC→車で5分(駐車場あり)
- JR高知駅→『とさでんバス』G系統(医大・領石・南国オフィスパーク方面)乗車約15分『一宮神社前』下車→徒歩約5分
一宮神社のある場所は地名も「一宮」になっているケースが多いですが、「いっく」と読むのは珍しいですね。「しなね」の由来は風の神であるシナツヒコ(級長津彦命)という説のほか、諸説あるようです。
注意事項
車での参拝の場合、私のカーナビが古いせいかもしれませんが、道の有無すら判別できない狭小路を案内される場合があります。しかし、そこよりも200mほど北(坂の上)に、「一宮裏参道入口」と書かれた広い道路の入口があるので、必ずそちらを通ってください。
祭神
| 主祭神 | アジスキタカヒコネ(味鋤高彦根命) Ajisuki-Takahikone-no-mikoto |
|---|---|
ヒトコトヌシ(一言主神) Hitokotonushi-no-Kami |
2柱とも、葛城(奈良県の葛城山麓付近)の賀茂一族が信奉していた出雲系の神様です。
アジスキタカヒコネ(味鋤高彦根命)はオオクニヌシ(大国主神)と宗像三女神の一柱であるタキリヒメ(多紀理比売命)との間に生まれた子供で、名前の「鋤」が示す通り農業神かつ土地の神とされています。
ヒトコトヌシ(一言主神)は物事の善悪を一言で判断できる神様です。平安時代初期(797)に成立した『続日本紀』によれば、雄略天皇(5世紀頃?)に対する不遜な振舞により土佐の地へ配流されたことになっています。
由緒
鎌倉時代に成立した『釈日本紀』によれば、第21代雄略天皇四年の創建となっています。
社格
土佐神社の周辺地域
善楽寺
土佐神社の東隣は『四国八十八箇所』の第三十番札所である善楽寺(ぜんらくじ)です。神仏習合の時代は土佐神社と一体であったものと推測されます。土佐神社の駐車場もこの近くにあります。
土佐神社境内
参道
県道の交差点付近に楼門があり、そこから鳥居まで200mの参道があります。なのですが、楼門が改修工事中だったので気付きませんでした。
それにしても、綺麗な鳥居です。扁額の「土佐一ノ宮」が威光を放っていますね。


神域
社殿
鳥居のすぐ先に拝殿があり、その奥にある幣殿や本殿と繋がっています。戦国大名である長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)が元亀二年(1571)に再建したもので、国の重要文化財に指定されています。




鼓楼
鼓楼は拝殿に向かって右手の鳥居付近にあります。こちらも国の重要文化財です。慶安二年(1649)、土佐藩2台目当主である山内忠義(やまうちただよし)により建立されました。

西御前社
本殿の西側に西御前社という摂社がありますが、祭神は不明です。その左奥に事代主神社、右奥に大国主神社があります。やはり出雲系ですね。

志那袮の森
境内の裏側は『志那袮の森』と呼ばれる社叢に囲まれています。西御前社の奥から入り、本殿を背後をぐるりと迂回して本殿の東側へ抜けることができます。パワースポット感に満ち溢れています。


大杉
志那祢の森に入ってすぐぐらいの場所に背の高い杉の木があります。御神木の大杉です。


神明宮
志那袮の森を進むと、アマテラス(天照大神)とトヨウケ姫(豊受大神)を祀る神明宮があります。元々は伊勢神宮の遥拝所だったようです。

礫石
神明宮の近くに礫石と呼ばれる磐座があります。太古の昔から続く磐座信仰が土佐神社のルーツなのかもしれません。

神苑
志那袮の森を抜け、本殿脇(東側)へ戻ります。
禊岩
本殿の東側の脇に夫婦岩があります。かつて祭祀で用いられていたようです。

大楠
禊岩の近くにある、とてつもなく巨大な大楠があります。大きな楠は他所でも見かけますが、ここの大楠は幹周りが9mあるらしく、迫力が半端ないです。


厳島神社
一宮神社であれば、たいてい池の中に厳島神社があります。土佐神社も例に漏れずです。

総括
一宮神社としては標準的なスケールで、全国的な知名度はそれほど高くないかもしれません。しかし、パワースポット感では間違いなく上位に入ります。長宗我部家とも関わりが深いので、戦国時代ファンなら是非訪れてほしい場所です。
余談ですが、高知県民は県名よりも旧国名の『土佐』に愛着を抱いているように感じられます。銘菓『土佐日記』はお土産にオススメです。
