大和神社
Ōyamato-jinja Shrine
予備知識
大和神社(おおやまとじんじゃ)は奈良盆地東部に鎮座する神社です。他の有名神社に挟まれて目立ちませんが、古代ヤマト王権と関わりが深い、由緒ある神社です。
所在地
アクセス
- 近鉄/JR天理駅→奈良交通バス乗車10分『大和神社前』バス停→徒歩5分
- JR長柄駅→徒歩10分
いちおう駐車場があります。しかし道が狭くてわかりにくいので車での来訪は非推奨です。そもそも奈良県内は総じて道路事情が良くありません。
祭神
主祭神は以下の3柱で、いずれも出雲系の神様です。
| 主祭神 | オホクニタマ(倭大国魂神) Yamato-no-Ohkunitama-no-Kami | 中殿 |
|---|---|---|
ヤチホコ(八千戈大神) Yachihoko-no-Ōkami | 左殿(向かって右) | |
ミトシノカミ(御年大神) Mitoshi-no-Ōkami | 右殿(向かって左) |
ヤマトノオホクニタマ(倭大国魂神)は『日本書紀』に登場する神様です。オオクニヌシ(大国主)と同一神扱いされる場合が多いですが、異説もあります。
ヤチホコ(八千戈大神)もオオクニヌシと同一神扱いされる神様です。名前からしてヤ●チ●なイメージですが、実際そのような逸話があります。
ミトシノカミ(御年大神)は五穀豊穣の神様です。同じく五穀豊穣神であるオオトシノカミ(大歳神)の息子であり、スサノオ(素戔嗚尊)の孫でもあります。元来、「トシ」は穀物の収穫を意味する言葉だったようです。
由緒
第10代崇神天皇の命令で、イカガシコオ(伊香色雄命)によって創建されたことになっています。イカガシコオは物部(もののべ)一族の祖先です。
詳しい経緯は謎ですが、崇神天皇は宮殿内に祀られていたアマテラス(天照大神)とオホクニタマ(倭大國魂神)を遷座させることにしました。これに関しては、倭姫宮や大神神社の記事も参考にしていただきたいです。
アマテラスはトヨスキイリヒメ(豊鍬入姫命)とヤマトヒメ(倭姫命)によって伊勢神宮へ遷座したのに対し、オホクニタマはヌナキイリヒメ(渟名城入姫命)とイチシノナガオチ(市磯長尾市)によって大和神社に遷座しました。
ちなみに、トヨスキイリヒメもヌナキイリヒメも崇神天皇の皇女です。前者は「アマテラスの嫁」、後者は「オホクニタマの嫁」的な役割を担う、巫女のような立場でした。
社格
知名度
奈良県内でも知る人しか知らない、穴場的神社ではないでしょうか? 普通に「やまとじんじゃ」と読んでしまいそうですね。
近くに(というほど近くありませんが)大神神社や石上神宮があるので、影に隠れてしまう感は否めません。両神社を結ぶ『山辺の道』から少し逸れてしまっているので、スルーされがちです。
参拝レポート
周辺地域(裏参道側)
今回、『山の辺の道』方面からではなく、JR長柄駅から裏参道?を通って大和神社へ行きました。本当に道がわかりにくいです。この先に「そこそこ大きな神社」があるようには全く見えません。


大和神社
本殿・拝殿
裏参道を通って境内に入ると、すぐに拝殿が見えます。


拝殿の奥に本殿がありますが、主祭神が3柱なので、拝殿が1棟なのに対して本殿が3棟あります。


高龗神社と摂社三社
拝殿に向かって左側に、摂社群が鎮座しています。

拝殿左手の赤い鳥居の神社が高龗神社です。たかだか摂社と侮ってはいけません。この高龗神社は、全国数多く存在する水神系神社の総本社です(丹生川上神社も総本社を主張)。
| 社名 | 高龗神社 |
|---|---|
| 祭神 | タカオカミ(高龗神) |
高龗神(たかおかみのかみ)は龍神、すなわち水神です。ヌナキイリヒメ(渟名城入姫命)によって創建された雨乞い神社で、雨師大神とも呼ばれます。

高龗神社の左隣にも、摂社が三社、並んでいます。イチキシマヒメやコトシロヌシは神社ファンにとっては馴染みの深い名前でしょう。
| 配置 | 左手 | 中央 | 右手 |
|---|---|---|---|
| 社名 | 厳島神社 | 事代主神社 | 朝日神社 |
| 祭神 | イチキシマヒメ(市杵島姫命) | コトシロヌシ(事代主神) | アサヒトヨアカルヒメ(朝日豊明姫神) |
アサヒトヨアカルヒメはあまり聞きなれない名前かと思います。一応、アマテラス(天照大神)の別名とされています。
戦艦大和展示室
展示室はプレハブの簡素な建物です。一瞬、宇●戦艦のほうと思ってしまいそうですが、実在したほうの戦艦大和です。
戦艦大和とは、太平洋戦争で投入された当時世界最大の戦艦です。昭和二十年(1945)、米軍機により撃沈されました。
スケールと火力を誇った割に、あまり戦果を上げることがありませんでした。そのため、「無用の長物」の代名詞のように言われることもあります。まあでも、そのあたりは成果バイアスもあると思います。
そんな戦艦大和の記念碑や資料館が、なぜ大和神社にあるのでしょうか? なぜなら、戦艦大和の艦内に大和神社の分霊を祀った神社があったからです。
戦艦大和記念碑・祖霊社
展示室の向かい側に、記念碑と祖霊社があります。もともとはこの場所に本殿があったそうです。
| 社名 | 祖霊社 |
|---|---|
| 祭神 | オオクニヌシ(大国主命) |
| 氏子や信者の祖霊 | |
| 戦艦大和および関連艦隊の乗組員 |

表参道
今回、裏参道から入って表参道から出たので、その順番で話を進めます。表参道の長さは約270mで、戦艦大和の長さとほぼ同じです。
増御子神社
二の鳥居のすぐ近くに、もう一つの摂社である増御子神社(ますみこじんじゃ)があります。サルタヒコとアマノウズメは神社ファンにとっては馴染みの深い名前でしょう。
| 社名 | 増御子神社 |
|---|---|
| 祭神 | サルタヒコ(猿田彦命) |
アメノウズメ(天鈿女命) | |
イチシノナガオチ(市磯長尾市) |
イチシノナガオイチは先にも述べた、ヌナキイリヒメから大和神社の祭主を引き継いだ人です。事実上、大和神社の初代宮司と言えます。
表鳥居
東側の道路に面した鳥居が一ノ鳥居です。派手さはありません。しかし、どことなく渋みを感じますよね?

周辺地域(表参道側)
渟名城入姫神社
大和神社の一ノ鳥居を出て右へ曲がり南進、800mほど進みましょう。大和神社の境外末社である渟名城入姫神社があります。


| 社名 | 渟名城入姫神社 Nunakiirihime-jinja |
|---|---|
| 祭神 | ヌナキイリヒメ(渟名城入姫命) Nunakiirihime-no-mikoto |
ヌナキイリヒメは既に紹介した通り、「倭大国魂神の嫁」的な役職を背負った皇女です。大和神社の実質的な創立者と言っても良いかもしれません。
山辺の道
折角ここまで来たなら、『山辺の道(やまのべのみち)』を経由して、行燈山古墳(あんどやまこふん)こと崇神天皇陵も見ておいてください。


山辺の道は奈良市の春日大社から桜井市の大神神社までを結ぶ、全長およそ20kmの散策路です。大和神社は山辺の道に直接面してはいませんが、ついでに立ち寄れなくはない距離です。どのみち『山辺の道』を一日で走破(というか歩破)することはオススメしません。大和神社をその日の起点または終点に定めてもよいでしょう。
行燈山古墳(崇神天皇陵)
行燈山古墳は『山辺の道』沿道にある大きな古墳です。大和神社に参拝するなら、是非とも立ち寄っていただきたい場所です。ここは宮内庁より崇神天皇の陵墓として治定されているからです。



古墳なんて横から見ればただの森なので観光価値ゼロだと思われがちですよね? でも、ここは全国数多の古墳の中で一二を争うほど綺麗に整備されています。『山辺の道』の長閑さとも相まって、パワスポとしても映えスポとしてもイケてます。
折角なら、そのまま『山辺の道』を歩いて、桧原神社や大神神社も参拝することを推奨します。このあたりには、崇神天皇時代のヤマト王権と関わりの深いスポットが数多く点在します。
総括
観光で来るところではないかもしれませんが、古代史ファン、もしくは●宙戦艦でないほうの戦艦大和が好きな人にはオススメです。
