水若酢神社
みずわかすじんじゃ
Mizuwakasu-jinja Shrine
予備知識
水若酢神社は隠岐島の島後に鎮座する隠岐国一宮です。島後では玉若酢命神社と共に、土着神を祀る主要な神社として信仰されています。
所在地
- 隠岐空港または西郷港→車で20分
バスがあるにはあるようですが、初見だとわかりにくいかもしれません。いちおう、デマンドタクシーもあるようです。島内の観光地を隈なく見て回るには軽自動車のレンタカーがオススメです。
祭神
| 主祭神 | ミズワカス(水若酢命) Mizuwakasu-no-mikoto |
|---|---|
| 配祀神 | ナカゴト(中言命) Nakagoto-no-mikoto |
スズヒメ(鈴御前) Suzu-no-gozen |
主祭神の名前が神社名に一致していますが、それにしても全く見慣れない名前ですよね。「水を沸かす」が由来なのかなと思ってしまいますよね。
私の憶測ですが、水を「沸かす」ではなく「分かつ」だと思います。神社が川の合流地点付近に鎮座していますし、下流には田園が広がっています。弥生時代において、稲作集落の主は水利権を調整する使命があったはずです。要するに、集落の主イコール「水を分かつ神」というわけです。ツァ行からサ行へは転訛しやすい為、ワカツがワカスになり、後世に「若酢」の字が当てられたのではないでしょうか?
配祀神に関しては、主祭神の助役と嫁さんかなと思います。
由緒
遅くとも平安時代には実在していたという点で、全国の『延喜式』一宮神社と同じです。あくまで伝承ですが、第10代崇神天皇や第16代仁徳天皇の時代という説もあるようです。
社格
近代以降の社格は島前の由良比女神社よりも格上です。
水若酢神社の周辺地域
隠岐島後の地政学
島前と島後
隠岐島は大きく島前と島後に分かれます。旧国でいうと双方とも隠岐国に属しますが、実質はそれぞれが1つの国のようなものです。なので、それぞれに一宮神社があります。
水若酢神社は島後の北部にあります。島前が主に3つの島から構成されているのに対して、島後は1つの島です。綺麗な円形の島ですが、現在は南から北まで縦貫する国道が通っているので、車であれば島内の移動は楽です。ただ、集落は外周に沿って点在しているので、古代は島内移動であっても海上交通が主流だったのではないかと思います。
交易の拠点
隠岐島が交易の拠点と聞くと意外な気がするかもしれません。しかし、江戸時代から明治時代にかけて、隠岐島は蝦夷地と大坂を結ぶ『北前船』の重要な寄港地でした。
また、隠岐島は黒曜石の産地であったことでも知られています。地質学の専門家ではないので詳しい言及は避けますが、隠岐島が火山の噴火でできた島であることが関係していると思われます。隠岐島で産出された黒曜石は縄文時代以前より本州の広範囲で流通していたことが判明しています。

西郷地区
西郷港
島後の東南部が旧西郷町こと、西郷地区です。このエリアは隠岐空港(隠岐ジオパーク空港)や西郷港があり、隠岐島の玄関口かつ中枢機能を担っています。小泉八雲ことラフカディオ=ハーン(1850-1904)はこの地を訪れた際、離島なのに思いのほか栄えていて驚いたと手記に記しています。
飛行機で隠岐に来た場合も、いったんバスで西郷港周辺まで下りて、そこからタクシーなりレンタカーなりを使うのが良いと思います。
玉若酢命神社
西郷から国道485号線に沿って水若酢神社へ向かう途中、すぐに大きな神社が見えてきます。一瞬、ここが水若酢神社かと思ってしまいますが、ここは『玉若酢命神社』です。
名前が似ていますが、実際に水若酢神社に引けを取らない立派な神社です。社格も一宮ではありませんが隠岐国総社という位置付けです。名前の由来は、これまた私の憶測ですが「田畑分かつ」だと思います。
境内でひときわ目を引くのが巨大な楠の木…かと思いきや杉の木だそうです。八百杉と呼ばれ、樹齢はなんと二千年とも言われています。もう、水若酢神社とセットで参拝するしかないですね。



隠岐国分寺
玉若酢命神社よりもう少し北へ進み、右折して県道に入ったあたりに隠岐国分寺があります。奈良時代、聖武天皇の命令(741)により全国に建立された「国分寺」の1つだと考えられますが、正確な創建年は不明だそうです。
ところで、隠岐島といえば後醍醐天皇(1288-1339)が追放された場所として有名ですよね。隠岐国分寺は後醍醐天皇の行在所(一時的な住まい)であったと考えられており、境内に行在所趾の碑が建てられています。
これは『隠岐モーモードーム』です。ここでは、かの有名な『隠岐の牛突き』が開催されます。端的にいえば、牛どうしの相撲ですね。ルーツは隠岐に追放された後鳥羽上皇(1180-1239)を楽しませるために島の人たちが考えた娯楽だと言われています。この日は開催されていませんでしたが、再訪の機会があれば是が非でも観戦してみたいです!


五箇地区
さて、西郷地区から国道485号線を進むこと約20分、トンネルを抜けると島の西北部、旧五箇村こと五箇地区です。トンネルより2.5km先の右手に水若酢神社があります。
なお、水若酢神社近くの交差点を左折してしばらく進んだ田園地帯に日帰り入浴施設『隠岐温泉GOKA』があります。入湯料は500円とリーズナブルですが、温泉施設の半分は水着着用必須(水着レンタル100円)の混浴なのでご注意ください。
水若酢神社境内
参道
銅製の一ノ鳥居から木製の二ノ鳥居を経て、随神門に至る100mほどの参道です。両脇に松が植えられており、どことなく出雲大社の参道を彷彿とさせてくれます。帰りの方向からの眺望も素晴らしいです。




神域
社殿
社殿は手前の拝殿と奥の本殿から構成されています。本殿は隠岐造と呼ばれる様式の建造物で、国の重要文化財に指定されています。私も詳しくはありませんが、大鳥造(大鳥大社など)と春日造(春日大社など)の中間にあたる建築様式だそうです。先ほど紹介した玉若酢命神社の本殿もこの様式です。



古墳群
全国的にそうですが、由緒ある神社の近くには古墳があります。隠岐も例外ではありません。ここ水若酢神社と玉若酢命神社の本殿周辺には小規模な古墳群があります。写真映えするような古墳ではありませんけどね。きっと主祭神のモデルになるような人たちが埋葬されたのでしょう。
隠岐郷土館
境内の裏手に何やらレトロな建造物があります。明治時代まで『周吉外三郡役所』の庁舎だった建物です。難しい名前ですが、「周吉郡」とは島後の東半分のことで、「ほか三郡」とは西半分と島前を指します。つまり、今でいう島根県庁の出張所みたいなものです。
現在、この建物は『隠岐郷土館』という博物館になっています。隠岐島の成り立ちや歴史を肌で感じることができます。その手前の建物に展示されている丸木舟のレプリカもなかなか味わい深いです。縄文時代はこんな船で本州や朝鮮半島と往来していたんだなと驚かされます。


総括
いかがでしたか? 思いのほか立派な神社ですよね? 離島とはいえ大昔から交易で栄えていたことが実感できるかと思います。
隠岐島では他にも色々と巡りました。別途、親サイトのほうで紹介できればと思います。

