元伊勢籠神社

元伊勢籠神社

元伊勢籠神社
もといせこのじんじゃ
Moto-Ise Kono-jinja Shrine
古代史ミステリーの宝庫

籠神社は景勝地『天橋立』に隣接する丹後国一宮で、『元伊勢籠神社』とも呼ばれます。奥宮である眞名井神社と共に、古代史ファンに大人気です。

予備知識

単に「籠神社」だと「この神社」と紛らわしいです。なので、当記事では籠神社と眞名井神社をセットで扱う場合に『元伊勢籠神社』と表記することにします。

所在地

籠神社

京都府宮津市大垣430
430 Ōgaki, Miyazu city, Kyoto Pref.
アクセス
  • 天橋立観光船『天橋立』桟橋→乗船12分『一の宮』桟橋→徒歩約3分
  • 京都丹後鉄道『天橋立』駅→天橋立を徒歩で約45分
  • 山陰近畿自動車道『与謝天橋立』IC→車で約12分(駐車場あり)

眞名井神社

京都府宮津市江尻
Ejiri, Miyazu city, Kyoto Pref.

眞名井神社(まないじんじゃ)は籠神社の境外摂社(奥宮)です。籠神社の裏門から200〜300m程度の距離です。

祭神

籠神社

主祭神
ホアカリ(彦火明命 / 天火明命)
Hiko-Hoakari-no-Mikoto / Ame-no-Hoakari-no-Mikoto
相殿神
トヨウケ姫(豊受大神)
Toyouke-no-Ōkami
アマテラス(天照大神)
Amaretasu-Ōmikami
ワタツミ(海神)
Watatsumi
ミクマリ(天水分神)
Ame-no-Mikumari-no-kami

ホアカリには色々な呼び名があるのですが、一般的にはアメノホアカリ(天火明命)と呼ばれることが多いです。フルネームはアマテル・クニテル・ヒコ・ホアカリ・クシタマ・ニギハヤヒノミコト(天照国照彦火明櫛玉饒速日尊)という長い名前です。ニギハヤヒ(饒速日命)と習合していることが見て取れます。

ホアカリは太陽神ですが、伊勢内宮の祭神であるアマテラス(天照大神)も太陽神です。このことから、ホアカリは男性神設定だった頃のアマテラス、すなわちアマテル神であるという説も存在します。

眞名井神社

祭神
トヨウケ姫(豊受大神)
Toyouke-no-Ōkami

眞名井神社の祭神は伊勢外宮の祭神であるトヨウケさん(豊受大神)です。籠神社と眞名井神社には、内宮と外宮の祭神がそれぞれ祀られていることになります。

社名由来

籠神社

主祭神ホアカリが竹で編んだ籠船に乗って竜宮城へ行ったという伝説から、その名が付いたとされています。

ちなみに、「こもる」を漢字で書くと「こもる」になります。なので、「籠」という漢字に対して「こも」という読みを当てることができます。おそらく、「こも」が「この」に転訛したのだと思われます。

初参拝時に読み方を知らなくて、駐車場のお兄さんに「カゴメ神社ってどこですか〜!?」と大きな声で聞いてしまった(通じたけど)

眞名井神社

旧約聖書で天の神が地上の人々に恵んだ食べ物を「マナ」(מן‎)と呼びます。眞名井神社は食物神であるトヨウケ姫(豊受大神)を祀っています。

社名別称

元伊勢籠神社は『倭姫命世紀』という鎌倉時代の文献に登場する『吉佐宮(よさのみや)』の比定地です。『与謝宮』もしくは『匏宮』と表記される場合もあります。

吉佐宮は伊勢神宮の創立以前にアマテラス(天照大神)を祀った場所、つまり「元伊勢」です。「元伊勢籠神社」と呼ばれる所以です。

由緒

創建年不詳

先述の『倭姫命世紀』が史実であれば、第11代垂仁天皇の時代に『吉佐宮』が存在していたことになります。記紀の年代を額面通りに受け取れば紀元前後ですが、実際は紀元後4世紀頃だと思われます。

宮司家

元伊勢籠神社の宮司を現代まで世襲している海部(あまべ)家は、主祭神ホアカリを始祖とする氏族です。また、古代の尾張国を支配した豪族、尾張(おわり)家は海部家の傍系です。その為か、尾張国一宮である真清田神社の主祭神もホアカリです。

社格

名神大社丹後国一宮国幣中社別表神社

知名度

有名観光地の一角に鎮座する格の高い神社ですが、その割に一般的な知名度は高くないかと思われます。しかし、古代史ミステリー系の動画では頻繁に紹介されています。

周辺地域(表参道側)

天橋立

元伊勢籠神社は日本三景の一つである『天橋立(あまのはしだて)』の北端付近に鎮座しており、古来より天橋立そのものが籠神社の表参道です。なのでぜひ、南端の智恩寺文殊堂(ちおんじ・もんじゅどう)をスタート地点とし、天橋立を経由して参拝してみてほしいです。

天橋立神社

南寄りの地点に天橋立神社(あまのはしだてじんじゃ)という小さな神社が鎮座しています。文殊堂を守護するために中世(13世紀頃?)に創建されたとされますが、諸説あります。

阿蘇海ルート

天橋立の両端を往来するには、徒歩や自転車以外に船も利用できます。観光船とモーターボートがあり、それぞれ別会社ですが船着場は隣接しています。甲板でゆったりとトビやカモメと戯れたい場合は観光船、テンション上げたい場合はモーターボートを推奨します。

北端の船着場は『一の宮』という名前ですが、もちろん丹後国一宮である籠神社のことを指しています。なので、船着場から2〜3分も歩けば籠神社に到着します。

籠神社境内

参道

石造りの立派な鳥居が出迎えてくれます。有名観光地の一角にありながら、そこまで混んでいないのが良いですね。

狛犬

神門の手前に配置されている一対の狛犬が重要文化財に指定されています。鎌倉時代(14世紀)の意匠ですが、作者の魂が籠っていると云われます。

伝承によれば、狛犬は夜な夜な天橋立を歩き回って通行人を脅かしていました。しかし、ある剣豪によって足を斬られたところ、元の石像に戻ったそうです。

神門

立派な神門ですが、雪を被っていると更に風格が感じられます。なお、神門より先のエリア(神域)は撮影禁止となっています。

神域

繰り返しますが、神域は撮影禁止です。

ちょっと厳しすぎない?

まあでも、都市伝説系のネタで取り沙汰されやすい神社なので仕方ないかもしれません。

本殿・拝殿

本殿の欄干には「」の座玉すえたまが飾られています。これらは五行説でいう「」を表しています。ここと伊勢神宮にしか存在しないそうです。

摂社・末社

本殿右手に恵比寿社、左手には天照大神和魂社、春日社、猿田彦社、それに真名井稲荷社がそれぞれ鎮座しています。

倭宿禰命像

また、撮影禁止エリアの端のほう、西門付近にヤマトスクネ(倭宿禰命)の像があります。ヤマトスクネは宮司家である海部(あまべ)氏の4代目に相当します。神武天皇の東征の際、明石海峡あたりから亀に乗って神武天皇を先導したとされています。

ちなみに、浦島太郎伝説もこの辺り、丹後半島がルーツです。亀に乗る設定はヤマトスクネの逸話が混じり合ったのかもしれません。

西門・東門

籠神社には西と東に裏門があります。笠松公園へ行くには西から、眞名井神社へは東が近いです。

それにしても、なぜ十字架なんだろう(°_°?)

色々と想像を掻き立ててくれます。でも、それがこの神社(籠神社)の最大の魅力と言えます。

周辺地域(裏参道側)

眞名井神社

籠神社の東門を出て10分程度歩けば、奥宮である眞名井神社(まないじんじゃ)に到着します。

天の眞名井の水

狛龍が見守るニノ鳥居の手前に、『天の眞名井』という、湧き水を汲める場所があります。神水とも言われ、色んなご利益があるそうです。その場で飲んでも良いし、水筒に汲んでも良いのですが、順番には配慮しましょう。それに生水には違いないので、ガブ飲みは控えましょう。

キーボードで「天の眞名井」を打とうとしたら「雨飲まない」と出てしまった(~_~;)

拝殿

石段と三ノ鳥居の先に拝殿が見えますが、ここから先は撮影禁止です。

磐座

拝殿の左右奥に鳥居と磐座が並んでいます。右手側の主座はトヨウケ姫(豊受大神)、左手側の西座はアマテラス(天照大神)を祀っています。

傘松公園

さて、いったん籠神社の西門付近に戻ります。ここから西へ50m足らずのところに、天橋立ケーブルカー&リフトの府中駅があります。そこから傘松公園(かさまつこうえん)へ行くことができます。切符はケーブルカー・リフト共通なので、どちらを使ってもOKです。

展望台

ケーブルカー・リフトの傘松駅を降れば有名な展望スポット、傘松公園です。ここはから眺望する天橋立は「昇竜観(しょうりゅうかん)」もしくは「斜め一文字」と呼ばれます。

冠島・沓島遥拝所

傘松公園の土産物店前のテラスにある遥拝所から、冠島(かんむりじま)および沓島(くつじま)を遥拝することができます。冠島はオオミズナギドリの繁殖地として知られています。また、籠神社の主祭神ホアカリ(天火明命)が降臨した地とされています。

成相寺

また、傘松公園から成相寺(なりあいじ)へ行くためのバスが20分間隔で出ています。成相寺は傘松公園よりもさらに山を登ったところにあり、五重塔もある絶景ポイントです。

都市伝説

京都府北部の丹後地方は、古代は大陸との交易で栄えた先進地域でした。その中心ともいえる元伊勢籠神社は古代史系都市伝説の宝庫です。

吉佐宮=ヨシュアの宮

元伊勢籠神社は吉佐宮(よさのみや)の比定地です。吉佐よさの語源は旧約聖書に登場する預言者ヨシュア(יְהוֹשֻׁעַ)という説があります。

ダビデの星

元伊勢籠神社の社紋はもともと六芒星でしたが、これがユダヤのシンボルである『ダビデの星』であるという説です。しかし現在、社紋は三つ巴紋に変更されてしまいました。

たぶん日ユ同祖論がらみのネタで騒がれすぎたせいだろうな(T ^ T)

本来、六芒星は「陽」と「陰」が重なることを象徴するものです。

かぐや姫

童話『かぐや姫』の作者は空海(くうかい, 774-835)であり、ヒロインのモデルは元伊勢籠神社宮司家の娘、厳子姫(いつこひめ)だという説です。

厳子姫は絶世の美人で、第53代淳和じゅんな天皇の妃となって眞名井御前(まないごぜん)と呼ばれたのですが、のちに出家して空海と共に余生を過ごしました。

かごめかごめ

童謡『かごめかごめ』は元伊勢籠神社のことを歌っているという説です。都市伝説というより、先代宮司である海部光彦氏の著書に記されています。本頁では、同氏の説などをベースに、僭越ながら妄想込みの自説を織り交ぜて展開します。

かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出やる♪
夜明けの晩に、鶴と亀がすべった♪
後ろの正面、だあれ♫

かごめ=六芒星

かごめは籠の目、つまり先述の六芒星を指しています。

籠の中の鳥=籠神社の祭神

籠神社の現在の主祭神はホアカリです。しかし、ここでは元主祭神であるアマテラスとします。

いついつ出やる=いつ出て来る×いつ出て行った

岩戸隠れ神話のワンシーンを示唆していると思われます。すなわち「岩戸に籠ってしまったアマテラス様はいつお出でましになられるのだろうか?」を意味しています。

それに加え、籠神社にかつてアマテラスが鎮座していたことを懸けていると思われます。「籠神社に祀られていたはずのアマテラスは、いつ違う場所に出て行ってしまったのだろうか?」の意味です。

夜明けの晩=朝の終わり×日食

朝と昼の境目あたりの時間帯か、あるいは日食を指していると考えられます。ここでは、双方を懸けていると解釈します。

鶴と亀=「伊勢と出雲」×「太陽と月」

鶴は伊勢神宮を象徴とした古代ヤマト王権、亀は出雲大社を象徴とした古代出雲王朝を示唆しています。ただし、ここでいう伊勢神宮は「伊勢神宮の本宮」と言われる伊雑宮を指し、出雲大社は「元出雲」と呼ばれる京都府亀岡市の出雲大神宮を指すものと思ってください。

また、鶴と亀はそれぞれ、陽(太陽)と陰(月)の象徴でもあります。ちなみに、伊雑宮は一羽の真鶴を創建由来としているのに対し、出雲大神宮は亀甲紋を社紋としています。

すべった=統一された×重なり合った

鶴と亀が「滑った」ではなく「べた」、すなわち統合や統治を意味します。まさに、ヤマト王権と出雲王朝が統一されたことを示唆しているのではないでしょうか?

また、陽(太陽)と陰(月)が統合、つまり重なり合うことで日食が発生することを懸けていると思われます。陽(△)と陰(▽)が重なれば六芒星になります。

後ろの正面=眞名井神社×地球

日食時の月が太陽の方角を見た場合、後ろの正面に位置するのは地球です。眞名井神社の祭神トヨウケ姫は食物神であると同時に大地の神でもあります。なので、眞名井神社を地球になぞらえることができます。

その眞名井神社(地球)から見て朝9時頃の太陽の方角に伊雑宮(太陽)があります。そして、その間に出雲大神宮(月)があります。そう、日食時の配置です。

出雲大神宮(月)から伊雑宮(太陽)の方角を向いた場合、後ろの正面は籠神社と眞名井神社ですが、籠神社のアマテラス(太陽)は既に伊雑宮へ飛び立ってしまったので、残すは眞名井神社(地球)のトヨウケ姫だけです。

だあれ?

眞名井神社の祭神、大地母神トヨウケ姫こと、豊受大神。

伊雑宮との関係

レイライン

先ほどの『かごめかごめ』の話とも絡むのですが、伊雑宮や出雲大神宮との位置関係が面白いです。

籠神社から見て伊雑宮や出雲大神宮は「夜明けの晩」の方角です。

また、籠神社から出雲大神宮までの距離と方角が、三重県亀山市の忍山神社(おしやまじんじゃ)から伊雑宮までの距離と方角にほぼ一致しています。忍山神社はマイナーかもしれませんが、『元伊勢』比定地の一社です。それに出雲大神宮と同様、地名に「亀」がつきますし、近くに愛宕山(あたごやま)がある点も共通しています。

付け加えると、籠神社から伊雑宮へのライン上にある舞鶴湾が鶴の形に見えるのが面白いです。まるで籠神社から伊雑宮へ飛び立った鶴を描いているようです。

イザヤとヨシュア

元伊勢籠神社こと吉佐宮はヨシュア(יְהוֹשֻׁעַ)が由来であるのに対し、伊雑宮はイザヤ(ישעיהו)が由来だとする説があります。都市伝説の域を出ない話ですが、興味をそそられますよね。

志摩と浦島

伊雑宮がある志摩半島と、元伊勢籠神社がある丹後半島は形も大きさもよく似ています。先ほど『浦島太郎』伝説は丹後半島が発祥だと述べました。もしかすると、かつて志摩半島が「表のシマ国」、丹後半島が「裏のシマ国」と呼ばれていたのかもしれません。

総括

元伊勢籠神社は私が大好きな神社の1つです。古代史に興味があれば尚更です。ヤマト王権の生誕に何らかの影響を及ぼした可能性もあり、もしかすると日本誕生の地と呼べる場所なのかもしれません。

天橋立も初めて訪れたときは特に何とも思わなかったのですが、今では年に複数回リピートするほどハマっています。海外や遠方の方にもその魅力を味わってほしいです。

御朱印

御朱印は籠神社の授与所で入手できます。「籠神社」バージョンのほか、眞名井神社も含めた「元伊勢」バージョンも存在します。御朱印帳もかっこいいです。

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