備中國一宮 吉備津神社

備中國一宮 吉備津神社

吉備津神社
きびつじんじゃ
Kibitsu-jinja Shrine
桃太郎のきびだんご

吉備津神社は備中国一宮です。備前の吉備津彦神社や備後の吉備津神社と同様、桃太郎とモチーフである吉備津彦を祀っています。

予備知識

所在地

岡山県岡山市北区吉備津931
931 Kibitsu, Kita district, Okayama city, Okayama Pref.
  • 山陽自動車道『岡山』または『岡山総社』IC→車で約15分
  • 岡山桃太郎空港→車で約15分
  • JR吉備線『吉備津』駅→徒歩で約10分

駐車場は境内に向かって右側の第2駐車場が空いている場合が多いです。JR吉備線は運行本数が1時間に1-2本程度ですが、駅から境内まで表参道を歩いて参拝できるというメリットがあります。

祭神・神体

主祭神
オオキビツヒコ(大吉備津彦命)
Ō-Kibitsuhiko-no-mikoto
相殿神
ワカタケキビツヒコ(若建吉備津日子命)
Wakatake-Kibitsuhiko-no-mikoto
モモソヒメ(倭迹々日百襲比賣命)
Yamato-Totobi-Momosohime-no-mikoto
ワカヤヒメ(倭迹迹日稚屋媛命)
Yamato-Totobi-Wakayahime-no-mikoto
モモタユミヤヒメ(百田弓矢比売命)
Momota-Yumiyahime-no-mikoto

備前の吉備津彦神社や備後の吉備津神社と同様、桃太郎のモチーフである大吉備津彦(おおきびつひこ)を主祭神としています。以後、『古事記』や『日本書紀』に記される本名「イサセリヒコ(比古伊佐勢理毘古命 / 彦五十狭芹彦命)」で呼ぶことにします。

イサセリヒコの親族を配祀している点においても、備前や備後と同じです。ワカタケキビツヒコは「吉備津彦ジュニア」的な意味ですが、ここではイサセリヒコの弟ということになっています(備前の吉備津彦神社では甥っ子の設定)。

モモソヒメはイサセリヒコの姉で、箸墓古墳の被葬者であり、卑弥呼と同一人物説(あくまで一説)のある人です。ワカヤヒメはその妹です。モモタユミヤヒメはあまり聞きなれない名前ですが、イサセリヒコの妻です。

それにしても、桃太郎のモチーフなだけあって、親族に「桃」の付く人が多いですね。おそらく、偶然ではないはずです。

由緒

創建年不詳

仁徳天皇による創建との説がありますが、いずれにせよ実年代は不詳です。

社格

名神大社備中国一宮旧官幣中社別表神社

備前の吉備津彦神社、備後の吉備津神社は『延喜式』の式内社でないので、それらよりも格上扱いであったことがわかります。

なお、『延喜式』では「吉備津彦神社」と記されていますが、現在では「吉備津神社」が正式社名であり、「吉備津彦神社」といえば備前の吉備津彦神社を指します。

記事を書いている私自身もたまにどっちがどっちかわかなくなる(-_-;)

吉備津神社の周辺地域

備中高松城址・最上稲荷

吉備津神社から3.5kmほど北西に、最上稲荷(さいじょういなり)の大鳥居と、備中高松城(びっちゅうたかまつじょう)の城址があります。

最上稲荷は日本三大稲荷の1つ(諸説あり)ですが、一応は仏教寺院という位置付けです。大鳥居からさらに2.5kmほど進んだ山裾にあります。

この大鳥居が吉備津神社の鳥居だと勘違いしたのは私だけではないはず

備中高松城は豊臣秀吉(献策は黒田官兵衛)による水攻めで知られていますね。2025年12月現在、この場所に新しい公園が整備中でした。

吉備の中山・吉備津彦神社

吉備の中山(きびのなかやま)は標高175mの山です。北の麓に吉備津神社があるのに対し、東の麓には備前國一宮である吉備津彦神社があります。両神社は直線距離にして1.5kmほどしか離れていません。

もしかして半ば合体してるかと思ったら完全に別神社だった(^_^;)

吉備津神社境外

参道

駅前から境内まで、500mの綺麗な参道によって結ばれています。参道を歩けるのが鉄道アクセスのメリットですね。

吉備津神社境内

北参道

矢置岩

境内の入口には鳥居の代わりに注連柱が立っています。その左手前に苔の生えた岩がありますが、これは矢立神事で用いられる岩です。桃太郎(吉備津彦)が弓矢で鬼(温羅)を討ち取ったことに因んだ行事です。

北随神門

参拝時(2025年12月)、注連柱の手前に「本殿・拝殿再建600年」幕が掲げられていました。おそらく石段の先にある北随身門も含めてだと思われます。

神域

本殿・拝殿

石段を登り、北随身門と授与所をくぐれば、すぐ目の前が拝殿です。横から見ると、本殿と一体化していることがわかります。全国唯一の様式で、「比翼入母屋造」もしくは「吉備津造」と呼ばれます。

室町時代に足利義満が朝廷の命令により造営開始し、応永三十二年(1425)に完成したものだそうです。1棟の建造物として、国宝に指定されています。

南参道

南随神門

拝所の右手と本殿の裏手から、南随身門を通って南参道に抜けられます。

廻廊

南参道は全長360mの長い廻廊になっています。天正七年(1579)に再建されたものだそうです。

もしかしてこの廻廊がもう片方の吉備津神社か吉備津彦神社に繋がってる?

方向音痴なせいもあって、そんな期待を抱いてしまいましたが、そういうわけではなかったです。おそらく、元々こちらが表参道だったのだと思われます。

愛くるしい猫様に出会えただけで大満足!

ともかく、廻廊の先には鳴釜神事(釜の鳴る音の強弱で吉凶を占う行事)で用いられる御竈殿や、ウカノミタマを祀る宇賀神社などがあります。

総括

吉備三国(備前、備中、備後)の一宮神社を制覇しました。いずれも、祭神の名前に「桃」が付くのが面白いです。

そういえば、犬養毅(いぬかいつよし, 1855-1932)は備中の出身で、吉備津神社を信奉していたことでも知られていますね。吉備団子とは吉備三国の暗喩であり、犬養家の祖先がここ備中を領地として与えられた可能性は高いと思われます。

歴史とおとぎ話の関連性を紐解くのは色々とおもしろい(語彙力)

御朱印右上の「三備一宮」に注目です。「三備」とは上記の吉備三国を指します。備中だけでなく、三国で最も格が高いことを意味しています。

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